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東京地方裁判所 平成5年(ワ)12591号 判決

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

吉野千津子

被告

長谷川清

主文

一  被告は、原告に対し、金四三二万六〇〇〇円及びこれに対する平成五年七月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金七二一万円及びこれに対する平成五年七月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、弁護士である原告が、被告に対し、訴訟委任契約に基づき七〇〇万円の成功報酬及び消費税二一万円並びに右金員に対する本訴状送達の日の翌日である平成五年七月三〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  前提となる事実(次の事実のうち、証拠を挙示しない項目については当事者間に争いがない。)

1  原告は、東京弁護士会所属の弁護士である。

2  被告は、原告との間で、平成三年一二月一六日、被告の祖母である長谷川久子が同年七月一九日に死亡したことに基づく、被告、被告の兄長谷川耕造、被告の弟長谷川章、被告の父であり久子の養子である長谷川敬造及びで敬造の妻で久子の養子である長谷川禮子の間の遺産分割事件(以下「本件遺産分割事件」という。)につき、他の共同相続人との交渉等にあたることを委任する旨の委任契約(以下「本件委任契約」という。)を締結した。

なお、長谷川家の相続関係は、別紙相続関係図のとおりである。

3  原告と被告は、本件委任契約に基づく弁護士報酬に関し、着手金を免除する代わりに、成功報酬は、被告が得た経済的利益の六パーセントとすること、被告が得たものが不動産の場合は、その経済的利益は実勢価格によること、被告が原告の責によらない事由で原告を解任し、又は和解、取下等で事件を終わらせ、もしくは事件処理を不能にしたときは、原告は被告に対し、報酬の全額を請求できる旨の合意をした。

4  不動産を主たる遺産とする本件遺産分割について、被告の当初からの希望は、より利用価値の高い土地を単独名義で取得したいということであった。

そこで、原告は、受任直後から被告とともに現地調査を行い、本件遺産分割についての被告の取得希望の遺産として、別紙物件目録記載の土地(以下「本件各土地」という。)を選定し、これを被告の単独名義とすべく他の共同相続人を相手に何度も交渉を行い、意見書を作成する(甲一、乙七)等した。

なお、本件各土地については、昭和六〇年四月一七日被告の母長谷川年位が死亡したことにより、久子及び敬造が持分各三分の一、耕造、被告及び章が各九分の一の持分を有していた。したがって、久子の遺産は、本件各土地について三分の一の持分である。

5  原告は、他の共同相続人との交渉を重ねた結果、本件各土地を被告が単独取得する方法については、税金対策の観点から、久子の遺産である本件各土地についての三分の一の持分を取得したうえで、敬造の持分三分の一並びに耕造及び章の持分各九分の一については、年位を被相続人とする相続により被告が取得した他の土地との等価交換により取得すべきとの結論を得た。

そして、平成四年一〇月ころには、右の方法で他の共同相続人との合意がほぼできた。

6  敬造、禮子、耕造、被告及び章は、平成四年一〇月一六日、遺産分割協議書(乙二の1)に調印し、同時に、被告は、本件各土地についての敬造の持分三分の一と他の土地についての被告の持分とを交換する内容の土地交換契約書(乙三の1)、本件各土地についての耕造の持分九分の一と他の土地についての被告の持分とを交換する内容の土地交換契約書(乙三の2)に調印した。また、敬造と章は、本件各土地についての章の持分九分の一等と他の土地についての敬造の持分とを交換する内容の土地交換契約書(乙一一)に調印した(右乙号各証のほか被告)。

なお、右調印をすることについて、被告から原告に連絡がなかったので、原告は立ち会わなかった(甲一、原告―一、二回)。

7  その後、原告は、被告が前記遺産分割協議書及び土地交換契約書に調印したことを知って、本件委任事務が終了したものと判断し、被告に対し、平成四年一二月一〇日付けで、別紙計算書のとおり弁護士報酬として七〇〇万円、消費税二一万円の合計七二一万円の請求をした(甲一、乙四)。

同年一二月一〇日ころ、被告は、前記遺産分割協議書(乙二の1)に一部誤記があったので、同月一二日付の訂正後の遺産分割協議書(乙二の2)に調印した(被告)。

8  ところが、被告は、右遺産分割協議書及び等価交換契約書では、被告が従前有していた九分の一の持分を加えても本件各土地の九分の八の持分しか取得できないことが判明したとして、同月一四日、原告に相談した。そこで、原告は、とりあえず原告の立会いのないまま作成された右遺産分割協議書及び等価交換契約書は錯誤により無効であるとの主張を行うことにし、同年一二月一四日付けでその旨の書面を税理士入沢頼二に送付した。

これに対し、入沢会計事務所の佐久間税理士から、原告に、税法上の等価交換の認定を受けるためには、本件各土地のうち九分の一の持分の移転は、翌年に売買で行う必要があるとの理由で前記遺産分割協議書及び等価交換契約書を作成したこと、ところが、右九分の一の持分権者である敬造が約束を履行しないので困っている旨の回答があった(甲一、乙一〇、原告―一、二回)。

9  そこで、原告は、被告にその旨伝えて協議のうえ、敬造との間で売買予約の締結あるいは被告共有の他の土地の持分との等価交換を求める旨の同月二二日付内容証明郵便を、入沢税理士宛に送付した(甲一、乙一〇)。

ところが、その返事が来る前に、被告は、平成五年一月八日付文書をもって原告を解任した(甲一、乙六)。

二  争点

1  原告の活動により、成功報酬支払の条件となる本件委任契約の依頼目的が達成されたといえるか否か。

(一) 原告の主張

弁護士の委任契約において、委任の目的が達せられた場合というのは、訴訟事件の場合は判決確定、交渉事件の場合は合意成立により紛争が決着するから、それにより目的が達せられたというべきであり、特約がない限り相手方に実際に履行させることまでは必要ではない。

しかるところ、本件委任契約は、交渉事件の依頼であるから、平成四年一〇月一六日の合意の成立によって委任の目的が達せられたことになる。

なお、被告は、本件各土地を単独取得できないので、依頼の目的を達成していない旨主張するが、九分の一の持分の移転が翌年になるとしても、これは、税法上優遇されている等価交換制度の適用を得るためにやむを得ない措置であり、被告及び敬造も合意していたのであるから、客観的には依頼の目的は達成している。

(二) 被告の主張

被告が調印した平成四年一〇月一六日付の遺産分割協議書及び等価交換契約書によれば、被告は、被告が従前有していた九分の一の持分を加えても本件各土地の九分の八の持分しか取得できない内容であったから、依頼の目的を達成したとはいえない。

2  いわゆるみなし成功報酬の合意に該当する事由があったか否か。

(一) 原告の主張

被告は、原告に事前に連絡することなく、平成四年一〇月一六日、他の共同相続人らと遺産分割協議書及び等価交換契約書に調印したものであるが、これは、みなし成功報酬の合意で定めている「被告が原告の責めによらない事由により和解、取下等で事件を終了させたもしくは事件処理を不能にしたとき」に、また、被告が原告を平成五年一月八日解任したことは、右合意で定めている「被告が原告の責めによらない事由により原告を解任したとき」にそれぞれ該当する。

(二) 被告の主張

被告は、入沢会計事務所より、平成四年一〇月一六日の遺産分割協議書及び等価交換契約書への調印の際には、原告を同席させないで欲しいと言われたので、これを原告に伝えたところ、異議はないとの回答を得たことから、原告を立会わせないで調印したものである。

したがって、右遺産分割協議書及び等価交換契約書の内容では、依頼の目的を達成できないにもかかわらず、原告がこれも見誤った過失により調印したのであるから、被告が原告の責めによらない事由により原告を解任したときには該当しない。

3  原告が、被告に対し、本件委任契約に基づいて請求することができる成功報酬の額

(一) 原告の主張

前記のとおり、本件委任契約の依頼の目的は達成されたから、成功報酬の額は、別紙計算書のとおり七二一万円である。

仮にそうでないとしても、前記みなし成功報酬の合意に基づき約定の成功報酬全額を請求できるというべきである。

(二) 被告の主張

原告の主張は争う。被告は、原告の責めに帰すべき事由に基づき本件委任契約を解除したから、原告には、被告に対する報酬請求権はない。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

前記第二の一の事実によれば、本件委任契約の委任事務の内容は、本件遺産分割事件の処理、具体的には本件各土地を被告が単独で取得できるようにすることが主眼であり、右事務に対し、被告が得た経済的利益(それが不動産の場合はその実勢価格を経済的利益とする。)の六パーセントを成功報酬とする旨の合意がなされたものと認めるのが相当である。

しかるところ、前記のとおり被告は、本件各土地の持分九分の八まで取得できたが、敬造が本件各土地の持分九分の一の売買に応じないことから、現在も取得できない状態にあることが認められる。そうすると、依頼の目的は、本件各土地に関する限り十分には達成されておらず、単独名義にするためにはさらに時間、労力及び費用がかかることが予想される。

これに対し、原告は、本件各土地の持分九分の一の取得が遅れるとしても、税法上優遇されている等価交換制度の適用を得るためには他に方法がないから、客観的には、委任の目的を達している旨主張する。しかしながら、持分九分の一が確実に取得できるよう法的措置を講ずる等しておれば、原告が主張するとおり客観的に委任の目的を達成しているともいえようが、本件ではそのような措置がとられていないから、原告の右主張は採用できない。

二  争点2について

原告は、被告が、原告に事前に連絡することなく、平成四年一〇月一六日、他の共同相続人らと遺産分割協議書及び等価交換契約書に調印したことは、みなし成功報酬の合意で定めている「被告が原告の責めによらない事由により和解、取下等で事件を終了させたもしくは事件処理を不能にしたとき」に該当する旨主張するので検討するに、前記第二の一の事実によれば、原告主張の事実が認められる。

これに対し、被告は、調印する前に、入沢会計事務所から弁護士は同席させない方がよいと言われたので、その旨原告に伝えたところ、了解が得られたため被告だけが出席して調印した旨供述するが、証人佐久間章夫の証言及び原告本人尋問の結果に照らし、たやすく措信できない。

しかしながら、前記のとおり被告は、本件各土地の持分九分の一を取得できない状態にあるから、委任事務が目的を達して終了したとはいえないし、被告の行為により事件処理が不能になったともいえないから、原告の右主張は採用できない。

また、原告は、被告が原告を平成五年一月八日解任したことは、みなし成功報酬の合意で定めている「被告が原告の責めによらない事由により原告を解任したとき」に該当する旨主張する。

ところで、被告本人尋問の結果によれば、被告が原告を解任した理由は、被告において本件各土地を単独で取得できなかったことにより、原告に不信感を抱いたことにあるものと認められる。

しかしながら、前記第二の一の事実によれば、原告は、被告に本件各土地を単独取得させるべく誠意をもって努力したものと認められるし、被告が本件各土地の持分九分の一を取得できないことが判明したとして相談を受けて後の行動にも非難すべき態度は窺われない。

この点につき、証人佐久間は、調印前に、原告及び被告に対し、税法上の等価交換の認定を受けるためには、本件各土地のうち九分の一の持分の移転は、翌年に売買で行う必要があると説明した旨証言する。しかしながら、前記認定の事実経過殊に原告が被告から本件各土地の持分九分の八しか取得できないことを聞いて前記の内容証明郵便(乙九、一〇)を出していることや原被告各本人尋問の結果に照らすと、右佐久間証言は、にわかに措信できない。

以上によれば、被告が本件各土地の持分九分の一を取得できないことにつき原告に債務不履行があったとは認められない。

しかしながら、いわゆるみなし成功報酬の合意の趣旨は、依頼者の不当な中途解任等の場合に弁護士の報酬請求権を確保することにあると解されること、原告所属の東京弁護士会の弁護士報酬会規五条には、みなし成功報酬が請求できる場合の除外例として、依頼者の責めに帰することのできない事由がある場合があげられていること(甲二)等に鑑みると、みなし成功報酬の合意に該当する事由があるというためには、単に原告に債務不履行がないというだけでは足りず、依頼者である被告に報酬の支払を免れる意図等の背信的事情が認められる等解任に合理的な理由がないことを必要とするものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、被告が原告を解任したのは、前記のとおり被告において本件各土地を単独で取得できなかったことにより、原告に不信感を抱いたことにあるものと認められるところ、そのような事態を招いたのは、被告が原告を立ち会わせることなく前記遺産分割協議書及び等価交換契約書に調印したことにあると考えられるけれども、解任によって報酬を免れようとする意図まであったとは認めるに足りないこと、今後被告が本件各土地を単独取得するためにはさらに交渉が必要であると考えられ、解決できるかどうか予断を許さないこと等に照らすと、本件契約のみなし成功報酬の合意に該当する事由があるとはいえないというべきである。

三  争点3について

原告は、前記のとおりみなし成功報酬の約定に基づく請求はできないが、民法六四八条三項に基づき、受任後解任されるまでに行った事務処理の割合に応じた報酬を請求することができるものと解するのが相当である(原告の請求には、かかる趣旨も含まれているものと解される。)。

そこで、検討するに、前記のとおり、本件遺産分割事件は、相続人及び分割の対象となる遺産等が多数に上るところ、原告は、被告と現地を検分する等して本件各土地を被告が単独で取得する方針を決定し、それに沿って他の相続人らと交渉した結果、本件各土地を被告が単独で取得することについてほぼ合意ができたこと、そして、被告が本来得られたであろう経済的利益は、別紙計算書記載のとおり一億二七四九万一五四二円であるが、結果的に、被告は現金三三二五万二〇九八円のほか本件各土地の持分九分の八を取得したこと(乙二及び三の各1、2、四)等本件事務の内容、難易、これに要する労力、費用及び期間、被告が得た利益等諸般の事情を総合考慮すると、被告が民法六四八条三項に基づき、原告の事務処理の対価として支払うべき報酬額は、原告の請求額七〇〇万円の六割である四二〇万円及び消費税一二万六〇〇〇円と認めるのが相当である。

四  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、四三二万六〇〇〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成五年七月三〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官角隆博)

別紙〈省略〉

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